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名張藤堂家邸(2)
エリア
カテゴリ
撮影場所
名張市
説明文
"名張藤堂家邸は、織田信長の重臣丹羽長秀の三男で藤堂高虎の養子となった高吉に始まり、寛永13年(1636年)以来名張に屋敷を構えました。一万五千石を津本家から給され、十一代高節で明治維新を迎えています。 現存の建物は、宝永7年(1710年)の名張大火後に再建されたもので、藤堂家に伝わった屋敷図によれば、非常に使い方や建物の性格からいくつかの機能に分けることができ、記載された畳数だけでも1,083畳にもなります。 明治初年に建物の大部分が取り壊されましたが、「御西」と称された中奥、祝いの間、茶室など日常生活に使用された奥向の一部と正門(寿栄神社へ移築)が残され、全国的に遺構の少ない近世武家の住まいの例として貴重なものです。 建物内では、名張藤堂家に伝わった調度品をはじめ武具、典籍、文書など展示し入場者に近世上級武家の生活の一部を一端に触れられるよう公開しています。 "
データサイズ
4672×3104px