サステナブルツーリズムとは?三重県志摩市の鰹節屋「かつおの天ぱく」が伝える伊勢志摩の食文化と精神性

掲載日:2025.03.05

「サステナブルツーリズム=持続可能な観光」という考え方が今注目されています。 三重県志摩市にある老舗の鰹節屋「かつおの天ぱく」では、伝統的な鰹節づくりの製法だけでなく、伊勢志摩の食文化と精神性を未来へつなぐ持続可能な観光の取組が行われています。 本記事ではサステナブルツーリズムの考え方や、三重県におけるサステナブルツーリズムとして、「かつおの天ぱく」の取組を具体事例として紹介します。

記事制作 / みえ旅アンバサダー キャスターマミ

▼目次

サステナブルツーリズムとは?

全世界で、SDGs=持続可能な開発目標を掲げた取組が活発化しています。

オーバーツーリズムと言われるように、キャパシティを超える観光客が押し寄せ、交通渋滞やゴミ問題などのトラブルが発生したり、必要以上に開発が進み、地域住民の生活環境や自然環境へ負荷がかかりすぎたりといった様々な問題を背景に、観光分野においても“持続可能性”が注目されるようになりました。

サステナブルツーリズムの定義

サステナブルツーリズムは、観光客・観光施設や体験を提供する事業者・地域住民のニーズに即し、かつ以下の3つの観点に配慮した観光と定義されます。

①環境…自然や生物多様性などを保全しつつ、その地域の環境資源を生かした観光
②文化…古くから継承される伝統や文化資源の魅力を伝える観光
③経済…体験コンテンツや特産品、宿泊などで消費を促し、地域の維持発展につながる観光

「サステナブルツーリズム」と「エコツーリズム」の違い

サステナブルツーリズムと混同されがちなエコツーリズム。エコツーリズムが、自然や歴史・文化などの地域独自の価値や重要性を学び観光客を巻き込んで地域資源を保全するという考え方であるのに対し、サステナブルツーリズムは、旅行者、観光関係事業者、そして受け入れ地域にとって、環境、文化、経済の3つの観点で持続可能かつ発展性があり、より良い地域づくりにつながる観光という考え方を指します。

観光客、観光に携わる事業者、地域住民が相互に貢献できるような仕組みは、日本でも各地で行われるようになってきています。

三重県におけるサステナブルツーリズム

三重県では、はるか昔からサステナブルな営みが続いてきました。

神宮で20年に一度、約1300年にわたり繰り返されてきた式年遷宮。外宮の御鎮座以来約1500年間、毎日執り行われている日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)。海の資源を守るために、獲りすぎないことを続けてきた海女文化など。

そのあり方を紐解くと見えてくる、古来この地に根付く「未来に向けて持続させる」精神。三重県には、様々なサステナブルな取組が、日常の中に存在しています。

三重だからこそいえる“持続可能な観光”。SDGsに注目が集まる近年の試みだけにとどまらない、持続可能な観光資源そのものが持つストーリーから、今回は鰹節づくりを継承する「かつおの天ぱく」鰹いぶし小屋見学を紹介します。

「かつおの天ぱく」鰹いぶし小屋見学で体験するサステナブルツーリズム

数多くの料理人や食通の有名人が、日本のみならず全世界から訪れている「かつおの天ぱく」鰹いぶし小屋。ここでできる体験は、単なる見学ではありません。鰹節づくりとその歴史を通じて、伊勢志摩に伝わる食文化と精神性を、職人から学ぶことができるのです。

「かつおの天ぱく」とは?

三重県志摩市大王町波切(だいおうちょうなきり)にある鰹いぶし小屋。大王埼灯台から徒歩10分、眼下に太平洋が広がります。

先祖代々受け継がれてきた鰹節づくり。古式製法で作られる鰹節は、ミシュランシェフの舌をも唸らせてきました。

さて、鰹節づくりを継承している「かつおの天ぱく」四代目 天白幸明さんは、どうして鰹いぶし小屋見学を始めたのでしょうか。ここからは、みえ旅アンバサダー・キャスターマミが見学に参加し、天白さんから教わった、持続可能の考え方と長い歴史を紡ぐ波切の鰹節の物語をレポートします。

波切の鰹節の歴史

鰹節の原型といわれる「堅魚(かつお)」が、奈良時代の古事記に記されていました。これは、鰹の干物だそう。日持ちさせて流通するために鰹を茹で、その煮汁「堅魚煎汁(かつおいろり)」が、日本の調味料のルーツとなりました。

2000年ほど前、藤原朝廷に届けられた堅魚煎汁は、野菜と鶏肉の入った現在の水炊きのような鍋料理に使われました。鰹出汁のうま味は、こうして日本人のDNAに刻まれていったのでしょう。「これが、何百年何千年と和食の味がブレない理由」と天白さん。

現在販売されている様々な加工食品の原材料に表記される鰹エキスが、堅魚煎汁のことを指します。今も昔も変わらないのですね。

「かつおの天ぱく」鰹節の製造工程

天白さんの鰹は、江戸時代中期に完成した「手火山(てびやま)製法」により、労力と時間をかけた手作業で作られます。火加減を手で調整しながらじっくりと燻すこの旧式の製法は、全国に数件しか残っていないそうです。

鰹節は、簡単に4つの工程を経て作られます。

①切る
②煮る
③燻す
④発酵させる

①~③までの工程で1ヶ月、④の発酵に5ヶ月間。半年もの時間をかけて鰹節が出来上がります。

③の燻す工程で、1度だけ燻した状態のものが、伊勢志摩のソウルフード「生節(なまぶし)」です。春から初夏にかけて出来る生節を、天白家では、旬のタケノコとの煮物や、スライスしてお茶漬けとして味わっているそうです。

鹿児島や四国も鰹節の産地として知られますが、伊勢志摩の鰹節の強みは、燻す時に使う薪に恵まれたことだそう。備長炭の原料である「ウバメガシ」が豊富でした。備長炭は火力が強く、長時間安定的に燃え続けます。さらに、燻す途中には、積み上げた大きな木のせいろを上下入れ替えて、火の循環を均一に。

1ヶ月後には、硬く真っ黒になります。水分は18%。この状態で削られたのが、香りの良いピンク色の「花がつお」です。

湿度と温度を管理された「むろ」と呼ばれる部屋で、カビ付けを3~4回繰り返します。最初は、真っ青なカビだそう。天日干しをしてからまた寝かせてカビを付け、真夏の天日干しを終えて、秋風の吹いた頃に出来上がります。

目の細かい上質の鰹節を選び、10月15日の神嘗祭(かんなめさい)に向けて、神宮へ奉納する。これが、御食つ国(みけつくに)のものづくりの始まりです。神嘗祭の次は、11月の新嘗祭(にいなめさい)。それが終わって、12月に入るとようやく一般の人が食べることを許され、正月準備に入りました。

鰹は波切の食文化

先ほども登場した鰹のぬいぐるみは、子供たちへの教育用の「解体くん」です。

「これ、何か分かる?小さい頃のおやつだった」と、天白さんが手に持つのは、なんと鰹の心臓(のぬいぐるみ)!学校から帰ると、祖父母が茹でてくれて、醤油を付けて食べたそうです。栄養価も高くおいしいけれど、1匹につき1個と希少なので、兄弟に隠れてこっそり頬張ったそうですよ。

また、三枚おろしにして残る骨もおやつにしていて、その様子がハーモニカを吹いているところに似ているから、背骨の部分は「ハーモニカ」と呼ばれていたそうです。

まさに、骨の髄までと言うように、捨てる箇所なく全て食されていたのですね。

絵かきの町、志摩市大王町

京都市立絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)を卒業した日本画家、土田麦僊(ばくせん)が、波切に来て描いた作品「海女」を世に出しました。時は明治時代、ゴーギャンの影響を受けた美しい絵画が話題となり、画家がこぞって海女さんの絵を描きに来たといいます。

それが、志摩市大王町が「絵かきの町」と呼ばれるようになったきっかけでした。筆者も高校時代、美術部に所属していたので、夏休みに絵描き合宿でこの地を訪れ、大王崎灯台近くで作品づくりに没頭したものです。どの風景を切り取っても、絵になる町。画家や画学生が絵を描く姿が多く見られます。

「かつおの天ぱく」の鰹節パッケージ

天白さんは、25年前から全国の百貨店のイベントで出店しています。東京の某百貨店で、ある文化人が鰹節をまとめ買いされたそう。理由を聞くと、「徳力先生でしょう?」と。

「かつおの天ぱく」のパッケージデザインは、版画の第一人者である徳力富吉郎によるもの。98歳、晩年の作品です。「100年経っても色褪せないものが出来たよ」と完成が報告され、天白さんはプレッシャーを感じましたが、「パッケージに負けないものづくりをしなければ」と改めて奮い立ったといいます。

鰹節削り体験と一番出汁の試飲

鰹節を削る体験もさせていただきました。硬くてびっくり!天白さんに教わり削ってみますが、なかなか上手くいきません。

削りたての良い香りに包まれる体験です。

一番出汁の試飲もご用意いただきました。

お塩や調味料を加えていなくても、濃いうま味がおいしさに繋がります。天白さんの鰹節で取った出汁は、どんなに煮込んでも塩辛くならず、翌日でも最後の一滴まで飲み干したくなるのが特徴です。

炊き立ておかかごはんの試食

天白さんの後継者、五代目となる菊池季佐さんから、神宮との関わりについて紹介がありました。

天照大御神は伊勢を“御食つ国”とし、御鎮座地として選びました。御食つ国の「御食」とは、神様の食事、神饌(しんせん)のことを言うそうです。日別朝夕大御饌祭には、志摩市磯部町のお米、二見のお塩、旬の野菜や海産物などの食材に加え、波切の鰹節が供えられてきました。

私たちは、直会(なおらい)という儀式を経て、神様と同じ食事をすることを許されます。

伊勢志摩サミットのワーキングディナーで乾杯酒として提供された伊賀市の日本酒「半蔵」が用意されました。

お神酒を口にした瞬間に「神人共食(しんじんきょうしょく)」の儀式が完成し、神様を敬う気持ちで御下がりをいただくことができます。20歳未満の方や運転者、お酒が苦手な方は、飲むふりでOKとのことですよ。

こだわりのお米がプロも使う伊賀焼の土鍋で炊かれ、天白さんが鰹節を混ぜていきます。食欲をそそる良い香り!

炊き立てのおかかごはんのおいしさは言わずもがなでしょう。何杯もおかわりしたくなりますが、お腹いっぱいになると他の伊勢志摩グルメを味わうことができなくなるので試食程度に。炊き立てご飯とこの鰹節があれば、お家でも波切の味が楽しめますね!

体験日限定、鰹節の直売も

最後に、商品の解説を聞きながらお買い物。四季をイメージした鰹節や婚礼節、離乳食用、出汁パックの「手まいらずシリーズ」など、様々な種類があります。自分用にはもちろん、鰹節のお土産にこの日教わった話を添えてはいかがでしょうか。

オンラインでも購入できます。詳細は以下の公式URLから!

名称

かつおの天ぱく【鰹いぶし小屋見学】

住所
〒517-0603 志摩市大王町波切2545-15
電話番号

080-2612-3801

駐車場

5台(無料)
大型・中型バスは大王崎観光駐車場(有料)へお願いします。
問い合わせ0599-72-0007

公共交通機関でのアクセス

近鉄鵜方駅→三交バス「大王崎灯台」下車徒歩約10分

車でのアクセス

近鉄鵜方駅より約20分

天白さんが鰹いぶし小屋見学を始めた理由

2016年の伊勢志摩サミットの前から始まった鰹いぶし小屋見学。サミットで注目されて以降、欧米からも名だたる食のプロや美食家たちが続々と目的地として来日し、感動の声を上げています。

最後に、どうしてこの体験を始めたのかを天白さんに聞きしました。

「この番付表を二十歳の頃、学生時代に見つけちゃったんです」。天白さんが手に持つのは、相撲と同じようにランキングを付けた、鰹節の番付表。江戸時代に庶民によって作られたものです。

「今の鰹節の産地とほぼ変わっていません。行事役に、我々の御前祖さま『志摩 波切節』と書いてあったんです。これを見た瞬間に、この地域の鰹節屋は今はもう3軒しか残っていませんが、火を消すには到底勿体ない。それで、このような話をするようになりました」。日本の歴史と共に歩んできた波切の鰹節。この物語と日本人の食文化と精神性。現地に行かないと伝わらない情熱と、ここでしか味わえない極上のうま味を、ぜひ肌と舌で感じてみてください。

三重県でサステナブルな旅を

古くから“当たり前”に受け継がれてきた三重県の伝統、文化。今回は、志摩市「かつおの天ぱく」を具体例に、三重県における持続可能な観光の取組を紹介しました。

サステナブルツーリズムを体感する旅は三重県で!

三重のサステナブルツーリズムを紹介する特設サイトも以下で公開中ですので、詳細はボタンをチェック!

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キャスターマミ

「おばあちゃんになったら、この町で毎日絵を描きながらすごしたいなぁ」と学生時代に憧れた漁村、志摩市大王町。鰹節の歴史と今も続いている想いを知ることで、さらに興味が湧きました。
私のInstagramでは、観光スポットやグルメ、MCを担当したイベントについてリールで紹介しています。
フォロー&DMでの質問をお待ちしております♪

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